それゆけアナログカードゲーム

つい同日、「すごいぞデジタルカードゲーム」という記事を書きました。
当然ですが、それはアナログカードゲームをアンチする意図ではありません。
アナログにはアナログの強みがあることを表現するために、アンサーコラムをしたためようと思います。

 

 

「トレーディング」の本懐はやはり「モノ」にある

元々カードゲームの出だしは「トレーディングカードゲーム」。「トレーディング」です。
モノを持ってなんぼであるという価値観は、電子書籍と蔵書論争にも当てはまるのですが、正答なんてありません。
支配欲や収集欲を満たすという意味ではアナログでパックを購入するという行為には中毒性があり、「当たり」を引き当てたときのアドレナリンはデジタル以上であることがお墨付きです。

DTCGはあくまでもデジタルゲームなので、カードを集めるといっても全てがデータです。
よくアナログゲームの闇として、金を使いすぎてめちゃくちゃ大量のカードを置き場所がないほど持っているとかいう問題がありますが、そこに関しては一切の問題が発生しません。全てはスマホかタブレット1枚に収まります。
(2017.5.3 更新 「すごいぞデジタルカードゲーム」

とは真っ向の意見ですが、正義の反対は悪ではないのです! また別の正義なのです!(クレヨンしんちゃん感)

「モノ」は、なくなりません

上項目にも通じるところですが、デジタルは「サービス終了時」にサーバが閉じられてしまうことから、サーバに保存されている所持カードが藻屑になってしまうという弱点があります。
アナログはあくまでも自分の手元にカードがあるため、その気になれば、相手さえいればゲームを遊べるのです。

カード価値の乱高下という「マネーゲーム」を楽しむ浪漫

アナログカードゲームの売り買いには、ショップという経済市場が存在してくることから、需給に従って「値段」がつけられます。二桁円の弱いカードから、強力カードは四桁や五桁になるものの。絶版になったカードには六桁という恐ろしい値段になることもしばしばです。強力なカードが世間的に浸透するまでに安値で青田買いをしたり、コレクション性の高い絶版カードを頑張って手に入れたりという、そういった「市場」を扱ったマネーゲームができる余地はアナログにはなく、話の種になる面白さになりますよね。
デジタルカードゲームは、同レアリティであればそこに価値の違いはないですし、時間の経過と共に値段が変化することはありません。「安定している」という強みでもありますが、刺激が足らないと見る向きもわかります。

人対人というドラマ。ドキュメンタリー。

アナログゲームであるこそ、そこには机を挟んだ対面を必須とします。
将棋や囲碁、スポーツが何故時代を超えて愛されているか、それは勝負師達の表情や姿勢が視聴者の琴線に響いているからです。
カードゲームの世界でも同じです。焦りや緊張があり、それによって紡がれる勝負ドラマ。
ミスなく戦えれば楽しめるわけでなく、人間同士が対面しているからこそ選ばれる勝負手や勘、ドラマに惹かれるからこそ、カードゲーマーはカードゲーマーをしているわけではないでしょうか(いいこと言った)


(画像は「3月のライオン」より。将棋に賭ける男たちの生き様を描く人間ドラマです)

「興味ある? はい、どーぞ」が限りなくやりやすい!

カードゲーマーはなんだかんだ、すごくカードを所持しているわけなんですよ。
そして、興味がある人にコモンカードを分け与えて布教することに喜びを覚える人が多いのは間違いないんです!
そういう点において、アナログはすごく布教がしやすい。スタートラインの垣根は、とても低く設定されています。
デジタルトレーディングカードゲームはどうしても、(それだけのための投資ではないとはいっても)デジタルデバイスの所持が必須であることから、金銭的・技術的な垣根が高いのは否めません。
人の手から人の手でへ布教できる、デジタルには絶対超えられない強みがそこにあります。

コミュニケーションツールとして、ゲーマーを繋ぐには極上のツールだと思います。
アナログゲームには今後も、そういった役割を持ってほしいですよね。

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