冬のゲームプレイ日記 〜デス・ストランディング編〜

2019年秋、ゲーマー垂涎の超大作ソフトが多数発売されましたね。その中にはそれこそ開発発表時から期待したものもあれば直前もしくは発売後に興味を持って一気に引き込まれたものもあります。
プレイしてみてせっかくだから足跡を残したいなというところもありますので、記事をしたためます。
確定して書きたいのは今回含めて3つなのですが、もしかしたら増えるかもしれません。前置きはこれくらいにして、早速ですが本題へ。題名の通り、今回のテーマは「デス・ストランディング」です。

 

 

「デス・ストランディング」(ソニーインタラクティブエンタテイメント発売)。クリエイターはあのメタルギアソリッドシリーズでおなじみの小島秀夫であり、コアよりゲーマーには名の通っている人物だと思います。
かねてから私は小島監督ファンというところもあり、その監督の完全新作となれば否が応でも期待をしていたところだったのですが、それでも不安だった。
なにせ発売前に知らされている情報が「デス・ストランディングという現象によって繋がりが分断され崩壊した世界。サム・ポーター・ブリッジズはそんな世界で人々のために、アメリカを再建するため、そして“未来”を運ぶ任務に赴くのであった。(wikipedia引用)」だけですからね。
根幹が「運ぶ」だけなんですよ。そのゲームを楽しめるのか、本当に、本当に不安でした。
……まあ、その心配は杞憂だったんですけどね。この記事を書いている時点でお察しかと思います。
小島作品の縦軸は常に「現実に起き得ないフィクションであるはずなのに、現実にある技術をこねくり回し論拠を作るがために、『ノンフィクションドキュメントなのではないか』という錯覚を起こさせるところ」にあります。
今回も、理由があって三途の川(この世界では「ビーチ」といいます。)をコントロールできるようになった世界であり、三途の川は死後の世界であるがために時間は流れない。では情報通信上のデータをその世界を経由させればいかに莫大な容量でも転送可能となる……という世界です。
前提となるフィクションをガツッと作りながらも現実へ擦り寄せる技術は本当に尊敬の念が強く、クリエイターとして畏怖すらいたします。

ゲームそのものも没入感が強い。
荷物を背負って旅をするのですが、主人公サムはメタルギアのスネークほど運動超人ではありません。
荷物を背負いすぎるとよろよろになるし、高く積みすぎると荷重で左右にバランスを崩します。それでもテロリストは襲ってくるし、この世ならざる生物「BT」はホラー演出で命を狙ってきます。
慣れないうちは満身創痍。スタミナは枯れ、荷物は壊れていく中ようやく辿り着く目的地。
この世界のデザインは魅了的で、ゴールが見えるとほっとさせるようにぱっと視界がひらけるのです。
緊張と緩和。飴と鞭の極致であるデザインは、お化け屋敷とかジェットコースターに準ずる性質のものであり、オープンワールドゲームだからこそリッチにそれを体感させてくれるわけです。

また、このたびは発表から発売がものすごく早かった。この規模のオープンワールドを描きながら、発表から3年での発売。
メタルギアソリッド5の際にさんざんやきもきさせられただけに延期すらなく発売されたことにびっくりしますし、それはメタ的に見た際に工夫が凝らされていたから。
「通信が絶たれた世界」という前提でアメリカ国民は人間不信となり、基本的に表に出てきません。そのためムービー的に人間を描く必要をこそぎ落としています。(もちろん、主要メンバーはムービーで描かれます。それら必要なところに資源を集中投下しています。)
また運送拠点もブリッジズという作内組織が世界の危機に瀕したところで急場しのぎで立てたという前提設定があるので、建物はほぼ同じ構造です。手を抜いたわけでなく合理的にマップ内建物を描くための工数が削減されています。
ムービーの際に主要メンバーを描く際であっても、通信という前提で「映像転送」や「3Dポリゴン」で描く表記を多く使っていることから、多少荒くても違和感がない。緻密に描かなくても世界が成立するわけです。
世界をうまく「ごまかす」技術が、プレイ後しみ入るように感じさせたし、シナリオクリエイターとしての小島秀夫以外の、ゲームクリエイターとしての小島秀夫の天才たる側面を改めて感じさせてくれました。

確かに「物を運ぶだけ」のゲームです。でも皆さん、スーパーマリオに「おっさんが左から右に動くゲーム」とかいいますか? メタルギアに「おっさんがこそ泥するゲーム」とかいいますか?
言わないでしょう。それら手段をいかに目的にデコレーションするかがゲームの本質。デス・ストランディングは誰もがテーマにしたことがなかった歩荷(ぼっか)職をハリウッド的世界観で演出した類まれないゲームです。
運動神経が超人ではないために、ストレスを感じるプレイ感があることは否定できません。でも、超人ではないからこその没入感があるのも事実。
どちらかといえばゼルダの伝説ブレスオブザワイルドのような不自由感を楽しむ側面があるといえるでしょう。

開始数時間で匙を投げるか、完全に没入ができるか両極端に分かれるゲームだと思います。私は超及第点。今年の名だたるゲーム・オブ・ザ・イヤーに選ばれていることになんら疑問点はありません。
ハードな世界観を楽しみたいコアゲーマーにはぜひとも選択肢に加えていただきたいなと思いました。

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